2006年(平成18年)2月23日の朝、私は思わぬ興奮に包まれた。
2月23日の時点では、今は亡き父親も生きており(約4か月後に他界)、
偶然にもその父と一緒に金メダルの瞬間を見ていた。

このトリノオリンピックは、選手として送り出した
日本勢が大不振の年であり、ここまで一つのメダルも撮れていなった。

だが、それを打ち破ったのが荒川さんだったように思える。
いくらフィギュアスケートに疎い私でも、今振り返ってみると、
当時としては、素晴らしい演技だったことがよく分かる。
(ちなみに、北海道では、スピードスケートの方が盛んである。)

私は、おそらく選曲と演技がマッチしていたことが、
高得点を生み出し、しかもそのことがロシアの金メダル候補に
多大なプレッシャーをかけたのではないか、と考えている。

トリノオリンピックで荒川静香さんが金メダルを獲得してから、
男女(シングル)を問わず『トゥーランドット』を使用する選手は、
何人か見かけたが、シングルに限ると、『トゥーランドット』で
オリンピックの頂点に立った人はいない。
(ペアとアイスダンスについては、把握していない)

今日はこんなことを振り返ってみた。