From Sapporo -道産子のブログ-

カテゴリ: 日記

日本は地震の多い国だが、海外に目を向けてみると、
ヨーロッパでは、大規模地震は少ないように感じる。
一方、アメリカを見てみると、ロサンゼルスなど、
西海岸で発生していることが多いように思う。

さて、前置きはこのくらいにして、本日は2011年に、
ニュージーランドカンタベリー地震が起きた日である。
クライストチャーチを中心に起きた地震で、
日本人留学生が犠牲になったことから、
私の記憶からは今も消えない。

まさかこの地震の24日後に
あのようなことが起きるとは、
当時は想像すらしていなかった。

改めまして、犠牲になられた方々のご冥福をお祈り致します。

コンピューターをWindows7からWindows10にしたので、ブログ復活です。
次は、アプリケーションのバージョンアップを考えております。

本日、業者の方とお話することがありましたが、
パソコン業者でバージョンアップを担当する方も強制的に、
そのための認定試験が課せられるそうです。
しかもその試験は、マークシートでたった10問しかないのにも関わらず、
その試験に合格しないと、認定取り消しになるそうです。

我が家でパソコンのバージョンアップを担当した方も
一度認定を取り消されそうになった、と話しておられました。
私も情報処理の試験では、ややあせる傾向があるので、
国家資格に限らず、焦らずにやろうと思いました。
「人の振り見て我が振り直せ」とは、よく言うものだ、
と思ったのも事実です。

旭川の伯父(母方)が今年の1月15日に逝去し、
お通夜(1月17日)と告別式(1月18日)に参加してきた。
ただ、私には転職のための試験や資格試験が控えていたため、
お見送りは出棺までにさせていただいた。

旭川の伯父と最後に会ったのは、2007年の6月、
即ち私の父の1周忌の時。
その時、父のことを「○○先生が生きたいた頃のことを思い出す」
と言っていた。

さて、お通夜の日は偶然にも阪神淡路大震災の日と重なったことから、
お坊さんは、そのことにも触れてお話をされていた。
また、私は棺に入れられた伯父の顔を何度か見ることができたが、
何度もまだ生きているような錯覚を起こしそうになった。

出棺の際には、お花を棺に入れる頃から、
すすり泣きが聞こえ初めててきて、
私も泣かないようにしていたが、
突然涙が一粒こぼれおちた。

また、機会があれば、伯父との思い出も触れたいと思う。



朝7時台に、母方の伯父(旭川)の訃報を受けた。
14年前の父の葬儀、その後の49日、1周忌と駆けつけてくれたので、
最悪でもお通夜か告別式のどちらかには出席したいと考えている。
(北海道内では告別式よりお通夜に出席する人の方が多い)
よって、告別式等が終わり次第、ブログを再開する。
(1月17日は予約投稿)

今から28年前の「成人の日」は1月15だった。
私のところにも成人式の案内は、来ていたが、当時の私は、2浪生。
これ以上、親に迷惑をかけたくなかったこともあり、成人式は不参加だった。

今となっては、これが良かったのか悪かったのか。
思うような職業に就けていないところをみると、
果たしてどうだったのかと思ったりもする。

ただ、私は誰に会っても「大器晩成型」だと言われるので、
それを信じて突き進むしかないのである。
ということで、成人式不参加の思い出を記してみた。

このブログをお読みの皆様は、冬休みというと、
どのようなイメージをお持ちだろうか。

北海道の冬休みは、ハッピーマンデーになる前の成人の日(1月15日)
過ぎまで続く。そして夏休みとほぼ同日数である(約25日間)。
そのため、かつての夏休みはお盆過ぎまでで、
それが終わると、すぐ2学期だった。
このことは、小学校、中学校、公立高校で一貫している。
(私立高校については、若干のズレがあるが、ほぼ同じである)

私自身は、結婚もしておらず、子どももいないが、
親戚等から情報が入ってきているので、
なんとなくではあるが、休み期間の情報が掴めてしまう。

そして、もう一つ、本州との大きな違いがある。
北海道内では、以上のように、冬休みが長いので、
冬休みにも、自由研究があるのだ。
以上の理由から、冬休みが短い関東以南では、
自由研究がないことに正直たまげた。

ところで、冬休みの自由研究はかなりの曲者。
なぜなら、できる限り、夏休みの自由研究と重複しないことが条件となるからだ。
(もっとも、「夏休みの自由研究の続きです」と言えば、許される風潮はあった)

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

昨年は、コメントこそ少なかったものの、ライブドラブログに移動してから、
約430名の方に来ていただきまして、有難うございました。
改めまして、感謝申し上げます。

今年の目標は、以下の3点。
1.怪我や病気に気を付けて、かつ転職活動を続けていく。
 (毎年参拝する、北海道神宮で、数え年では厄年に当たるため)
2.昨年不合格となった試験を中心に、合格を目指す。
 (ちなみに、昨年の成績は7勝4敗)
3.他人と交流する機会を増やす。

では、繰り返しになりますが、本年もよろしくお願い申し上げます。




以前のブログでも記していたのだが、
12月31日は、母方の祖母の祥月命日である。
あれから20年になる。

この日を境に、私は就職等で苦労することとなる。
今も健在の母からは「贅沢」と言われることもあるが、
嫌々ながら専門学校に通った時期もあった。
でも、誰のせいでもなく、私自身の実力不足が
色々なところで露呈した。

その反省をも込めて、本日は北海道独自と言われる、
口取り菓子をお供えする。
一年を振り返る上で、一番高い買い物になるが、
最後くらいは良しとしよう。
(画像は1日早く"From Sapporo"に掲載)、)

ちなみに、今の私も、転職は過度期にている。
ただ、そのためには、もう少し実力をつけなければならない。
そんなことを思いながら、本日を過ごしていきたい。

札幌はこの時期、例年であれば相当の雪が積もっている。
ところが、2019年はクリスマスを過ぎても、
一部の区を抜かして、ほとんど雪がないし、積もらない。
そのためか、ホワイトクリスマスにはならなかった。

ちなみに、私が札幌で雪のないクリスマスを経験したのは
多分、人生初である。
ついでに、私がホワイトクリスマスでないクリスマスを過ごしたのは、
東京狛江市に住んでいた20年前まで遡る。

昨日12月8日、かつて有償ボランティアとしてお世話になった、
NPO法人 札幌チャレンジドが主催する
クリスマスパーティーに参加してきた。
昨年は、事情により参加できなかったため、
実に2年ぶりの参加だった。

昼食を兼ねてのパーティーで
お酒としては、ホットワイン、
その他の食べ物及び飲み物としては、
おにぎり、おかず(チキン、卵焼き、ブロッコリー)、枝豆、
温かいポタージュ、おつまみとしての枝豆、パフェ、
コーヒーや紅茶などが提供された。

私はコーヒーが飲めないので、紅茶にしたが、
なんとコーヒーや紅茶は「三杯まで無料!!!」であった。

そしてコンサートも開かれた。
ジャズ形式の歌が合ったかと思えば、
沖縄の三銭のコンサートや
モンゴルの馬頭琴の演奏があったりと
楽しい1日を過ごした。
また、12月8日は、ジョン・レノンの命日ということから
Happy Xmas(日本語ヴァージョン)も演奏された。

久々に楽しい1日を過ごした。

11月30日に某資格学校で、簿記の無料セミナーを受講してきた。
復習方々受験した点は、参考になった。
また、日本商工会議所が主催する簿記検定試験を推奨していたが、
簿記の講師は、関連資格である中小企業診断士試験については、
全くと言っていいほど知らないようであった。
(簿記・会計に限ると、試験範囲は、日商簿記2級より、全経簿記1級に近い)

私は10年くらい前に2回ほど受験したことがあるが、
その当時でさえ、受験者の性別割合は、
男性9割、女性1割という有様だった。
そのため、女性の講師が「よく分からない」というのはやむを得ない。

だが、せめて男性の講師には、少しでも知っていて欲しかった。
これが正直な感想である。

私の母のもとに、喪中葉書が届いた。
私もその内容を見て言葉を失ってしまった。

まず、父の上司であった先生と我が家は、
家族ぐるみの付き合いを行っていた。
そして、その先生には息子さんと娘さんがおられた。
そのため、母と父の上司である奥様とも親しくなり、
私もよく先生や奥様から声をかけられた。

平成18年の6月30日に私の父が急逝した時も、
その先生から励ましの言葉をいただいた。
そして、父の上司であった先生も、
父の死から約2ヶ月後、父の後を追うように
この世を去った。

今回訃報を受けたのは、その先生の息子さんである。
私が最後に息子さんとお会いしたのは、
上司である先生の告別式であった。
(北海道では、告別式よりお通夜の参列者が多い)

急逝されたとは言え、親御さんの気持ちを思うと、
私も母と同様に、どうお悔やみの言葉をかけたら良いのだろう、
と考えてしまう。

今回の喪中葉書を通して、私は、健康に留意しなければならないと同時に
雪道等で転んでけがをして、親に心配かけないようにしなければならないと
改めて思った。



五輪の開催地変更と共に話題になっている、もう一つの問題。
野党は文部科学省や与党の強引さが悪いように言っているが、
果たしてそうだろうか。

そもそもの原因は、平成の時代に共通一次試験にとって代わった
センター試験を、大学側が受け入れたことにあるのではないだろうか。
特に私立大学において、センター試験利用者による入試を
取り入れた点に問題があるのではないか、と私は踏んでいる。

具体的に言うと、国公立大学にしても、私立大学にしても、
試験問題を作成するのに手間がかかるから、センター試験を
利用しているように見えてしまう点に問題があるのでは?
という気がするのだ。

いっそのこと、センター試験を廃止して、
国公立大学にしても、私立大学にしても、
一発勝負にしてしまった方が受験生が置き去りにされなくて
良いように思うのは私だけだろうか。

現に私の受験時代は、私立大学において、
センター試験に参加する大学は
30件前後であり、マークシート試験の一発勝負で合否を決めていた。
国公立大学も出来ないはずはないのである。

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本日は、函館の祖母(父方)の祥月命日である。
以前のブログと似たような記事になることを、
ご了承いただきたい。

というのは、今現在になっても、
祖母が他界した年(平成8年)に最後に会った時に
言われたことが、ボディーブローのように
効いているからだ。

その言葉とは、
「お父さんとお母さんを大切にしなさいよ」
というもの。一見すると当たり前に見える言葉だが、
私には重くのしかかっている。

2浪して、当時大学4年生たった私は、
父(平成18年に他界)に対しては、相当反抗的であり、
父が息子のためにと思って買ってきた問題集等は、
一切やらずじまいだった。

一方、母に対しては、父が他界した後から、
意見が合わないことが多くなったように感じた。
本来は、いけないことであるはずなのに、
つい余計な一言を言ってしまい、
それが何倍にもなって返されることもしばしばあった。

過去の反省から親孝行 したい時には 親はなし
とは、よく言ったものだと思う。
実は、生存している母には、
「(父の時と同じように)いなくなったら、後悔するよ」と
言われている。

頭では分かっているが、やはり(両親への)感謝の気持ちを
忘れてはいけないと思う。

9月30日は父方の祖父の祥月命日である。
私が生まれた時には、既に他界していたが、
船長をやっていたらしい。
そのため、私は、2019年9月16日付のブログにも記したが、
船を使用した旅行にも興味を持っている。

だが、過去の青函連絡船の記憶は、残っているものの、
船(フェリー)の構造や特徴、料金の決め方など、
判っていない部分が多い。
時間があれば、フェリー乗り場に行って、
資料や時刻表等を集めてみたい。

平成7年9月16日、母方の祖父がこの世を去った。
母からの電話で判ったことだが、その2日前くらいから、既に意識を失っていた。
病院に様子を見に行った時には、点滴だけはつながったていたものの、
とても声をかけられるような状態ではなかった。
(私は当時網走にある東京農業大学の学生であり、
網走から母方の祖父母が住んでいた洞爺まで乗り継いで行ったような記憶がある)

私が生まれる以前に父方の祖父が逝去していたことから、
私が生まれた時点で、父方の祖母と母方の祖父母が生存しているという状況だった。
そして母方の祖父が国鉄に勤務していた経験からか、
私は旅行が趣味となっていった。

それが影響したのか、母方の祖父には、随分可愛がってもらった。

小学校2年生の冬休みには、当時札幌駅を発着する列車の時刻と
写真を取り揃えて、自由研究にしたこともある。
(北海道の小中学校は、夏休みがお盆過ぎまでで、
冬休みは、当時の成人の日・・・1月15日過ぎまでであった。
現在も似通っているが、中学校の夏休みは若干増えている)

また、小学校5年生の時には、4泊5日の旅行にも
連れて行ってもらった。
それだけではなく、祖父からは鉄道に関する本も、幾つか頂戴した。

その約1年1ヶ月後に父方の祖母を、3年後に母方の祖母を失い、
私は4年間の間に相次いで祖父母を亡くすという貴重な経験をした。
(ちなみに、父方の祖母は函館に住んでおり、父方のお墓は今でも函館にある)

少し話がそれたが、母方の祖父母のお墓は、札幌の平岸にある。
今年はまだ1度もお墓参りをしていないので、出来れば秋分の日までに
お参りをしてこようと思っている。
本来は本日行く予定だったが、雨の予報が出ているので、思案中である。

ライブドアブログの皆様、初めまして。
ヤプログより引っ越してまいりました。
ヤプログの運営サービス停止により、
どこが良いのか探し続けた結果、
こちらに辿り着きました。

では、改めまして、よろしくお願い致します。


ヤプログの運営事情により、
来年1月までにどこかのブログに引越しせざるを得なくなりました。
現在、検討段階に入っております。
無料ブログで、最低でも3GB以上利用できるブログを
探しています。

過去のブログも読めるように
配慮したいと思います。

なお、整理するのは9月1日に行われる
国家資格の受験が終わってからの予定です。

今から13年前の2006年(平成18年)6月30日、
私の父は、突如他界した。

過去のブログにも経過を記しているが、
もう少し詳しく触れる。

6月1日に胃がんが発覚し、
まずは6月5日に内科に入院。
6月9日に退院し、自宅に戻る。

6月12日に、今度は外科に入院し、
6月17日に自宅に戻る。
その間に胃の摘出手術の
打ち合わせを病院側と行ったらしい。

その後3日間は家にいて、
父は神戸に出張。
(これが父にとって最後の出超となる)

最後に6月26日に3週間の予定で入院。
6月29日に胃の摘出手術を行い、手術は成功。
しかし、突然体調を悪くし、次の日には帰らぬ人に。
(医者である父方の叔父と母方の伯父によると、
夜中に心筋梗塞を併発したらしく、それが命を落とす
きっかけとなった。)
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このブログをお読みの方はお気づきになったと思われるが、
記事のカテゴリを「資格」から「資格カテゴリ」に変更した。

また映画やテレビに関わることについては、
本来であれば、「人文科学」となるのであろうが、
「芸術作品」として捉えられることもないわけではないので、
「芸術」カテゴリに移行した。

昭和47年5月19日午後1時59分に、私はこの世に生まれた。
母の話によると、出産予定日が5月1日だったことから、
18日も出産が遅れたらしい。
本来は、出張でいなくなっただけなのに
母曰く「医者に逃げられた」とか。

そのためかどうかは知らないが
私は逆子で生まれたようだ。
とは言っても足からではなく、尻からだった。

そして、1歳の時には斜頸で2回、
5歳の時には、斜視で2回、
8歳の時には、泌尿器科系の病気で、
幼い頃は5度に渡って入退院を繰り返した。

にも関わらず、全て生還したのだ。
また、大人になってからは、
若年性高血圧症で悩まされたが、
仕事と運動を兼ねるようになって、
昨年の健康診断では、血圧の値が
珍しく正常値となった。

それだけではない。
毎年のように雪道で転倒してしまい、
昨年から今年にかけては、初夏も含めて
2度も大ケガを負ったのだが、それも今では完治した。
ラジオ体操や仕事を兼ねてのウォーキングは行っているものの、
まだまだ運動不足なのかも知れない。

よって、生命(いのち)への感謝を忘れないようにしたい。
同時に慌てて物事をしないよう、心がけたいと思う。

このブログをお読みの皆様へ 再度ご報告です。

ここ2日間、ブログ記事とは関係がない、
宣伝のコメントが入っていましたので、
即刻削除させていただきました。
同時に、画像認証もさせていただくことに致しました。

私は基本的に、ブログ記事と無関係の
コメント及びトラックバックは、承認しません。
ましてや、お店等の宣伝については、
過去に一度も承認しておりませんので………。
(その他、いわゆるアダルト関係も即刻削除させていただきます。
私の場合は、100%承認しません)

なお、資格試験の情報提供は、承認します。
(映画や旅行等の情報提供は、著作権侵害となる可能性があり、
ブログ管理人でなくても、「○○より引用」という注意書きを入れないと
認められない確率が高いと思われます。)

我が家は3人家族で、父が13年前に他界した。
母は長生きの家系に生まれ、生存している。
そして、息子の私は、母には将来を心配されながら、
私がなかなか一定の職に就けないこともあって、
母と一緒に暮らしている。
そんなわけで母親には、今年もカー年ションとお菓子を手渡しした。

そのお菓子は『シャトレーゼ』の銘菓(?)、
『フルーツのジュレ』である。
賞味期限がまさかの4カ月超。
冷やしても食べられるし、常温でも食べられる。
母は喜んでいるようであった。

2018年5月5日付のブログでは、
北海道では、端午の節句に「べこ餅」を食べる
記したので、今年は、異なる記事にした。

本日は、こどもの日でもあるのだが、
最近、鯉のぼりを見なくなったような気がする。
私は、数少ない給与で外回りをしているのだが、
こどもの日が近づいても、
鯉のぼりを上げている家は、皆無に等しかった。

一体、鯉のぼりはどこは行ってしまったのだろうか?

新元号最初のブログのタイトルは、
令和元年始まるとした。
私は元号が変わる瞬間に起きていようと思ったが、
眠気に負けて寝てしまった。

平成31年4月30日に17時過ぎに行われた『退位礼正殿の儀』、
令和元年5月1日10時30分過ぎに行われた『剣璽等承継の儀』、
そして、5月1日11時10分過ぎに行われた『即位後朝見の儀』を通して、
新天皇陛下のお言葉を拝聴することができて
つくづく、日本人に生まれて良かったと思った。

私も、元号が変わっても、平和な時代が
訪れることを心から祈っている。

今まで内密にしていた、資格試験日程を公表する。

1.全国経理教育協会主催
簿記能力検定試験2級(商業簿記)
2.日本ビジネス技能検定協会主催
農業簿記検定試験3級
 (状況次第では、日ビ簿記も含む)
3.全国旅行業協会主催
  国内旅行業務取扱管理者試験
  旅行地理検定や、世界遺産検定等の関連資格も受験予定。
4.金融業務能力検定試験(3級試験の中ら幾つか取捨選択して)
5.『経済法令研究会』主催の検定の中から
 銀行業務協会主催の試験
(最低限の受験級を中心に予定)
6.リテールマーケティング(販売士)検定試験2級
(7月試験科2月試験のいずれかで受験)
7.商工会議所主催のご当地検定等
(ここだけ曖昧にしているのは、商標権の関係である)

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1983年4月から続いてきたSTVラジオの看板番組
日高晤郎ショーの放送が
2019年3月23日を以て終了した。
土曜日の午前8時から9時間連続で放送されるという番組であった。
しかも、観客を迎え入れるというスタイルまで取り入れていた。
放送当時としては、画期的な番組であったのではないか、とも思う。

私がこの番組を始めて聞いたのは、1984年。
実は、ピアノを習っており、母が息子の私を待っている間、
車の中でラジオを聴いていたのであった。
(1984年当時、ピアノの先生の自宅は、山の手の西区にあった)
その頃の午後4時台には、日高晤郎さんの朗読が放送されており、
それから一時期は受験などで聞けなかったものの、
2000年に札幌に戻ってきてからは、ほぼ毎週のように聞いていた。

2018j年4月3日に、日高晤郎さんが永眠し、
この番組はどうなるのかと思ったが、1年間延長される運びとなった。
1年間続けて戴いたことに、「感謝の気持ちを忘れてはならない」
とも思った。(特に、Yアナウンサーには感謝してもしきれない)
その1年間で、新たな日高郷朗さんの名調子(名ゼリフ?)を
知ることも出来たからである。

さて、日高晤郎さんと言えば、北海道内では好き嫌いが分かれる
激しい性格の人でもあった。
私は、STVホールを公開した時に、
何度か放送を聞きに行ったことはある。
そして、私が公開放送に出向いた時には、
何故か同じことを言われていた。
その内容は、「年を取ることを楽しみなさい」
というものであった。

結局、日高さんとお話しすることはままならなったが、
私にとっては一番印象に残っている言葉である。
そして、この言葉は、就職や転職がなかなか決まらない私にとっては、
活力となっている。

最後に、「日高晤郎ショー」スタッフの皆様、お疲れ様でした。

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
新年の最大の目標は、生活できるだけの給料を得られるようにすること
但し、焦ってブラック企業などに行かないようにすることです。
(過去に1度はブラック企業に行きかけ、
1度は自費出版を予定して、大金を支払うよう
命じられたことがありますので。

このブログをお読みの皆様、今年もお世話になりました。
そして、コメントをくださった皆様、有難うございました。

さて本題。本日は、母方の祖母の祥月命日で、
あれから20年経過したことになる。
例によって今年も口取り菓子を仏前に供えておく。
20年の月日は長いようで短かった。

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