From Sapporo -道産子のブログ-

カテゴリ: 日記

先日、リテールマーケティング(販売士)2級試験
に合格したので、今後の資格試験日程を掲載。

4月29日に延期された銀行業務検定試験は、返金措置をしていただく予定。
同時に、公開会場の試験が続々と中止になっているため、
前哨戦となる試験も含めて、総合旅行業務取扱管理者試験
簿記関連資格(全経簿記、日ビ簿記、農業簿記)
等に絞って勉強する。

その上で、リテールマーケティング(販売士)試験
の関連資格も時間があれば、勉強していく。
よって、情報処理の関連資格は、一時的に中止する。

また、塾講師や家庭教師を目指していることから、
CBT受験等はできなくても、関連する勉強は続行していく。
給与が少なくなったとしても、これは勉強できる
良い機会に恵まれたと考えることもできるためだ。

ちなみに、令和2年度から幾つかの資格試験の名称
または、級別の呼称が変更しているものがあり、
履歴書に記すときは注意が必要だ。
実際に過去には、履歴書の資格欄を巡る騒動が
起きているので・・・・・・・・・。




新型コロナウイルスの影響により、
イベントや各種資格試験も続々中止となっている。

北海道では、3週間に渡って
『緊急事態宣言』が出されたことによって、
感染者数は減少しているもの、
いつまた増加に転じるか分からない。
特に、札幌市は感染者数が一番多いので、
散歩と必要最小限の買い物以外は
自宅から外出しない方が良い気がしてならない、

また、私は昨年まで契約社員として仕事をしてきたが、
現在は、自宅でできる仕事に切り替えようかと検討中である。
当然のことながら、今年行われるイベントには、
全て参加しない予定である。

それくらいしないと、この危機は乗り越えられないのではないだろうか。
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私は本日Yahooニュースで、衝撃の事実を知った。
それがタイトルにあることである。
私も
8時だョ!全員集合を見ていた世代ではあるが、
小学校2年生の3月くらいまでしか見なかった。
(ただ、8時だョ!全員集合の最終回は視聴した。)
よって、ドリフターズ時代の記憶は、ほぼ無いに等しい。

私は、このようにしてほぼ番組を見なくなっていったのだが、
小学校4年生くらいの頃から、そろそろこの番組が最終回を迎えるのではないか、
という噂が囁かれ始めていた。そして、私が中学生になる頃、
本当に最終回を迎えた。

ところで、私が志村けんさんで一番印象に残っているのは、
ドリフターズのコントのシーンではない。北海道にいるからかも知れないが
『鉄道員(ぽっぽや)』で俳優として出演したシーンである。

個人的には、昨年放送されたNHKの『ファミリーヒストリー』
も再放送していただきたく思っている。
今回の訃報を耳にして、また、『ファミリーヒストリー』のラストを見て、
変なことが起きないよう祈っていたからである。
(著作権の関係で、詳細は省く)

私も自分自身の行動に気を付けていきたいと考えている。
最悪の場合、昨年より給与が減少することもあり得るが、
感染しないためには、それはそれでやむを得ないのではなかろうか。
いざとなったら、仕事より命の方が大事だなのだから・・・・・・・・・。

私自身は、志村さんが身をもって、新型コロナウイルスの恐ろしさを
伝えたのと同時に、生き方も大事だが、死に方も大切だよ、
とあの世から教えてくれているような気がしてならない。


心よりご冥府をお祈り申し上げます。

本日は、地下鉄サリン事件が起きた日である。
阪神大震災の次に起きた事件として、
ニュースなどで映像が流れるたびに、
私が思い出すのは、地下鉄職員の妻の映像であった。

そのためか、救急車等の映像は
今でもあまり記憶に残っていない。

このような犯罪が起きた時、よく犯罪心理学の先生が
マスコミ等に呼ばれるが、心理学そのものは種類が多く、かつ奥が深いようで、
私の両親が心理学を専門にしていたにも関わらず、
子供である私には、正直についていけない部分もあった。

このような事件は、二度と起きて欲しくないと思っている。
改めまして、被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。
そして、不本意ながらお亡くなりになられたご遺族の方には
ご冥福をお祈り申し上げます。

今回のコロナウイルス感染症が、世界に蔓延し始めたので、
収束がいつになるのかは分からない。

どなたかもあるところにコメントとして書かれているが、
私が気になるのは、大正時代に流行した
スペインかぜ
と似たような動きをとるのか、という点である。

そして、もう一つ、所謂批判屋が、
マスコミや若者を中心に存在していることも気にかかる。
私は、以前のブログにも記したが、過去の経験から、
自分のしたことは自分に返ってくる
ということを身に染みて感じた時期があるので、
こういう非常時の時こそ冷静な対応が必要だという
意識を持つように心がけている。

人のことばかり批判して、
自分の力で何もなしえようとしない人は、
それに気づくのが遅くなれば遅くなるほど、
それこそ人生の致命傷になりかねない。

私も、最初の大学院を退学になった時は、
大学の先生への批判ばかりをしていたように思う。
だが、今考えると当時の自分は、完全に実力不足だったし、
親が大学の助教授だったことも相まって
大学の先生を嫌っていることが、指導教授にも
伝わっていたのではないかとすら思う。

その結果、契約社員としてしか働くことができず、
未だに生活できるだけの給与を戴けない状態に陥っている。
これは誰のせいでもなく、自分が起こしたものなのだ。

今は、このようなことに気づくことができて
良かったと思っている。
そして、二度目の大学院(修士課程)の指導教授には
感謝の気持ちが増すだけ増している。

かなり長くなったが、今思っていることを
赤裸々に並べてみた。

ニュースなどでご存じの方もいらっしゃると思うが、
北海道知事が緊急事態宣言を出した。

経済に与える影響はいかばかりかと思うが、
新型コロナウイルスが全国に拡散しつつある今、
約3週間のこの措置はやむを得ないものと思われる。

ただ、強いて言わせてもらうと、
3週間で足りるのかな、とも思う。

1日でも早く、この事態が収束することを祈るのみである。

新型コロナウイルスの影響で、イベントなども続々中止になっている。
日本国内でも感染者数が増加し、深刻な状況だ。

そんな中、無観客試合や試合中止が相次いでいる。
私は、プロ野球の大勢のファンの気持ちを思うと、
複雑な感情がないわけではないが、
この際、オープン戦の実施は、すべて中止にして欲しかった。

選手や選手の家族に、万が一感染者が出たら、どうするのかという
対策が見えていないような気がするからだ。
なお、タイトルにも記したように、あくまでも個人的な希望である。



令和2年1月8日の記事に示した
資格試験 受験予定 令和2年度編
の一部の変更を余儀なくされた。

今回のような措置をとった試験団体は、
まだ2団体しか見かけていない。
私は、全経簿記2級試験(商業簿記)の前哨戦として
税務の最下級の試験を受験する予定だった。

ただ、新型コロナウイルスが蔓延している今、
このような措置をとったことにより、
感染を防ぐように寛大な措置をとっていただいた、とも言える。
また、私が受験する試験以外にも、一部の試験で
中止を決定したとか・・・・・・・・・。

一方、私が他団体のHPを見る限り、国家資格は強行実施の見込みらしい。
確かに、試験中にマスクを着用していれば、効果はあるのかも知れないが、
もしも試験会場から感染者が出てしまったら、試験団体は
どうやって責任を取るのだろうか。







新型コロナウイルスの影響で、
スポーツ界にも暗い影を落としている。

大相撲にしろ、プロ野球にしろ、
興行面を考えたら、マイナスにはなるが、
これ以上感染者を増加させないためには、
無観客にせざるを得ないと思う。

下手をすると東京オリンピック・パラリンピックも
中止に追い込まれるのではないかと危惧している。
それにしても東京で五輪を開催しようとすると、
何故開催が危ぶまれる事態が繰り返されるのだろうか。

今は無事に新型コロナウイルスの感染者が減少し、
かつ収束に向かうことを祈っている。
同時に聖火リレーも無事に行われて欲しいとも願っている。

日本は地震の多い国だが、海外に目を向けてみると、
ヨーロッパでは、大規模地震は少ないように感じる。
一方、アメリカを見てみると、ロサンゼルスなど、
西海岸で発生していることが多いように思う。

さて、前置きはこのくらいにして、本日は2011年に、
ニュージーランドカンタベリー地震が起きた日である。
クライストチャーチを中心に起きた地震で、
日本人留学生が犠牲になったことから、
私の記憶からは今も消えない。

まさかこの地震の24日後に
あのようなことが起きるとは、
当時は想像すらしていなかった。

改めまして、犠牲になられた方々のご冥福をお祈り致します。

コンピューターをWindows7からWindows10にしたので、ブログ復活です。
次は、アプリケーションのバージョンアップを考えております。

本日、業者の方とお話することがありましたが、
パソコン業者でバージョンアップを担当する方も強制的に、
そのための認定試験が課せられるそうです。
しかもその試験は、マークシートでたった10問しかないのにも関わらず、
その試験に合格しないと、認定取り消しになるそうです。

我が家でパソコンのバージョンアップを担当した方も
一度認定を取り消されそうになった、と話しておられました。
私も情報処理の試験では、ややあせる傾向があるので、
国家資格に限らず、焦らずにやろうと思いました。
「人の振り見て我が振り直せ」とは、よく言うものだ、
と思ったのも事実です。

旭川の伯父(母方)が今年の1月15日に逝去し、
お通夜(1月17日)と告別式(1月18日)に参加してきた。
ただ、私には転職のための試験や資格試験が控えていたため、
お見送りは出棺までにさせていただいた。

旭川の伯父と最後に会ったのは、2007年の6月、
即ち私の父の1周忌の時。
その時、父のことを「○○先生が生きたいた頃のことを思い出す」
と言っていた。

さて、お通夜の日は偶然にも阪神淡路大震災の日と重なったことから、
お坊さんは、そのことにも触れてお話をされていた。
また、私は棺に入れられた伯父の顔を何度か見ることができたが、
何度もまだ生きているような錯覚を起こしそうになった。

出棺の際には、お花を棺に入れる頃から、
すすり泣きが聞こえ初めててきて、
私も泣かないようにしていたが、
突然涙が一粒こぼれおちた。

また、機会があれば、伯父との思い出も触れたいと思う。



朝7時台に、母方の伯父(旭川)の訃報を受けた。
14年前の父の葬儀、その後の49日、1周忌と駆けつけてくれたので、
最悪でもお通夜か告別式のどちらかには出席したいと考えている。
(北海道内では告別式よりお通夜に出席する人の方が多い)
よって、告別式等が終わり次第、ブログを再開する。
(1月17日は予約投稿)

今から28年前の「成人の日」は1月15だった。
私のところにも成人式の案内は、来ていたが、当時の私は、2浪生。
これ以上、親に迷惑をかけたくなかったこともあり、成人式は不参加だった。

今となっては、これが良かったのか悪かったのか。
思うような職業に就けていないところをみると、
果たしてどうだったのかと思ったりもする。

ただ、私は誰に会っても「大器晩成型」だと言われるので、
それを信じて突き進むしかないのである。
ということで、成人式不参加の思い出を記してみた。

このブログをお読みの皆様は、冬休みというと、
どのようなイメージをお持ちだろうか。

北海道の冬休みは、ハッピーマンデーになる前の成人の日(1月15日)
過ぎまで続く。そして夏休みとほぼ同日数である(約25日間)。
そのため、かつての夏休みはお盆過ぎまでで、
それが終わると、すぐ2学期だった。
このことは、小学校、中学校、公立高校で一貫している。
(私立高校については、若干のズレがあるが、ほぼ同じである)

私自身は、結婚もしておらず、子どももいないが、
親戚等から情報が入ってきているので、
なんとなくではあるが、休み期間の情報が掴めてしまう。

そして、もう一つ、本州との大きな違いがある。
北海道内では、以上のように、冬休みが長いので、
冬休みにも、自由研究があるのだ。
以上の理由から、冬休みが短い関東以南では、
自由研究がないことに正直たまげた。

ところで、冬休みの自由研究はかなりの曲者。
なぜなら、できる限り、夏休みの自由研究と重複しないことが条件となるからだ。
(もっとも、「夏休みの自由研究の続きです」と言えば、許される風潮はあった)

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

昨年は、コメントこそ少なかったものの、ライブドラブログに移動してから、
約430名の方に来ていただきまして、有難うございました。
改めまして、感謝申し上げます。

今年の目標は、以下の3点。
1.怪我や病気に気を付けて、かつ転職活動を続けていく。
 (毎年参拝する、北海道神宮で、数え年では厄年に当たるため)
2.昨年不合格となった試験を中心に、合格を目指す。
 (ちなみに、昨年の成績は7勝4敗)
3.他人と交流する機会を増やす。

では、繰り返しになりますが、本年もよろしくお願い申し上げます。




以前のブログでも記していたのだが、
12月31日は、母方の祖母の祥月命日である。
あれから20年になる。

この日を境に、私は就職等で苦労することとなる。
今も健在の母からは「贅沢」と言われることもあるが、
嫌々ながら専門学校に通った時期もあった。
でも、誰のせいでもなく、私自身の実力不足が
色々なところで露呈した。

その反省をも込めて、本日は北海道独自と言われる、
口取り菓子をお供えする。
一年を振り返る上で、一番高い買い物になるが、
最後くらいは良しとしよう。
(画像は1日早く"From Sapporo"に掲載)、)

ちなみに、今の私も、転職は過度期にている。
ただ、そのためには、もう少し実力をつけなければならない。
そんなことを思いながら、本日を過ごしていきたい。

札幌はこの時期、例年であれば相当の雪が積もっている。
ところが、2019年はクリスマスを過ぎても、
一部の区を抜かして、ほとんど雪がないし、積もらない。
そのためか、ホワイトクリスマスにはならなかった。

ちなみに、私が札幌で雪のないクリスマスを経験したのは
多分、人生初である。
ついでに、私がホワイトクリスマスでないクリスマスを過ごしたのは、
東京狛江市に住んでいた20年前まで遡る。

昨日12月8日、かつて有償ボランティアとしてお世話になった、
NPO法人 札幌チャレンジドが主催する
クリスマスパーティーに参加してきた。
昨年は、事情により参加できなかったため、
実に2年ぶりの参加だった。

昼食を兼ねてのパーティーで
お酒としては、ホットワイン、
その他の食べ物及び飲み物としては、
おにぎり、おかず(チキン、卵焼き、ブロッコリー)、枝豆、
温かいポタージュ、おつまみとしての枝豆、パフェ、
コーヒーや紅茶などが提供された。

私はコーヒーが飲めないので、紅茶にしたが、
なんとコーヒーや紅茶は「三杯まで無料!!!」であった。

そしてコンサートも開かれた。
ジャズ形式の歌が合ったかと思えば、
沖縄の三銭のコンサートや
モンゴルの馬頭琴の演奏があったりと
楽しい1日を過ごした。
また、12月8日は、ジョン・レノンの命日ということから
Happy Xmas(日本語ヴァージョン)も演奏された。

久々に楽しい1日を過ごした。

11月30日に某資格学校で、簿記の無料セミナーを受講してきた。
復習方々受験した点は、参考になった。
また、日本商工会議所が主催する簿記検定試験を推奨していたが、
簿記の講師は、関連資格である中小企業診断士試験については、
全くと言っていいほど知らないようであった。
(簿記・会計に限ると、試験範囲は、日商簿記2級より、全経簿記1級に近い)

私は10年くらい前に2回ほど受験したことがあるが、
その当時でさえ、受験者の性別割合は、
男性9割、女性1割という有様だった。
そのため、女性の講師が「よく分からない」というのはやむを得ない。

だが、せめて男性の講師には、少しでも知っていて欲しかった。
これが正直な感想である。

私の母のもとに、喪中葉書が届いた。
私もその内容を見て言葉を失ってしまった。

まず、父の上司であった先生と我が家は、
家族ぐるみの付き合いを行っていた。
そして、その先生には息子さんと娘さんがおられた。
そのため、母と父の上司である奥様とも親しくなり、
私もよく先生や奥様から声をかけられた。

平成18年の6月30日に私の父が急逝した時も、
その先生から励ましの言葉をいただいた。
そして、父の上司であった先生も、
父の死から約2ヶ月後、父の後を追うように
この世を去った。

今回訃報を受けたのは、その先生の息子さんである。
私が最後に息子さんとお会いしたのは、
上司である先生の告別式であった。
(北海道では、告別式よりお通夜の参列者が多い)

急逝されたとは言え、親御さんの気持ちを思うと、
私も母と同様に、どうお悔やみの言葉をかけたら良いのだろう、
と考えてしまう。

今回の喪中葉書を通して、私は、健康に留意しなければならないと同時に
雪道等で転んでけがをして、親に心配かけないようにしなければならないと
改めて思った。



五輪の開催地変更と共に話題になっている、もう一つの問題。
野党は文部科学省や与党の強引さが悪いように言っているが、
果たしてそうだろうか。

そもそもの原因は、平成の時代に共通一次試験にとって代わった
センター試験を、大学側が受け入れたことにあるのではないだろうか。
特に私立大学において、センター試験利用者による入試を
取り入れた点に問題があるのではないか、と私は踏んでいる。

具体的に言うと、国公立大学にしても、私立大学にしても、
試験問題を作成するのに手間がかかるから、センター試験を
利用しているように見えてしまう点に問題があるのでは?
という気がするのだ。

いっそのこと、センター試験を廃止して、
国公立大学にしても、私立大学にしても、
一発勝負にしてしまった方が受験生が置き去りにされなくて
良いように思うのは私だけだろうか。

現に私の受験時代は、私立大学において、
センター試験に参加する大学は
30件前後であり、マークシート試験の一発勝負で合否を決めていた。
国公立大学も出来ないはずはないのである。

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本日は、函館の祖母(父方)の祥月命日である。
以前のブログと似たような記事になることを、
ご了承いただきたい。

というのは、今現在になっても、
祖母が他界した年(平成8年)に最後に会った時に
言われたことが、ボディーブローのように
効いているからだ。

その言葉とは、
「お父さんとお母さんを大切にしなさいよ」
というもの。一見すると当たり前に見える言葉だが、
私には重くのしかかっている。

2浪して、当時大学4年生たった私は、
父(平成18年に他界)に対しては、相当反抗的であり、
父が息子のためにと思って買ってきた問題集等は、
一切やらずじまいだった。

一方、母に対しては、父が他界した後から、
意見が合わないことが多くなったように感じた。
本来は、いけないことであるはずなのに、
つい余計な一言を言ってしまい、
それが何倍にもなって返されることもしばしばあった。

過去の反省から親孝行 したい時には 親はなし
とは、よく言ったものだと思う。
実は、生存している母には、
「(父の時と同じように)いなくなったら、後悔するよ」と
言われている。

頭では分かっているが、やはり(両親への)感謝の気持ちを
忘れてはいけないと思う。

9月30日は父方の祖父の祥月命日である。
私が生まれた時には、既に他界していたが、
船長をやっていたらしい。
そのため、私は、2019年9月16日付のブログにも記したが、
船を使用した旅行にも興味を持っている。

だが、過去の青函連絡船の記憶は、残っているものの、
船(フェリー)の構造や特徴、料金の決め方など、
判っていない部分が多い。
時間があれば、フェリー乗り場に行って、
資料や時刻表等を集めてみたい。

平成7年9月16日、母方の祖父がこの世を去った。
母からの電話で判ったことだが、その2日前くらいから、既に意識を失っていた。
病院に様子を見に行った時には、点滴だけはつながったていたものの、
とても声をかけられるような状態ではなかった。
(私は当時網走にある東京農業大学の学生であり、
網走から母方の祖父母が住んでいた洞爺まで乗り継いで行ったような記憶がある)

私が生まれる以前に父方の祖父が逝去していたことから、
私が生まれた時点で、父方の祖母と母方の祖父母が生存しているという状況だった。
そして母方の祖父が国鉄に勤務していた経験からか、
私は旅行が趣味となっていった。

それが影響したのか、母方の祖父には、随分可愛がってもらった。

小学校2年生の冬休みには、当時札幌駅を発着する列車の時刻と
写真を取り揃えて、自由研究にしたこともある。
(北海道の小中学校は、夏休みがお盆過ぎまでで、
冬休みは、当時の成人の日・・・1月15日過ぎまでであった。
現在も似通っているが、中学校の夏休みは若干増えている)

また、小学校5年生の時には、4泊5日の旅行にも
連れて行ってもらった。
それだけではなく、祖父からは鉄道に関する本も、幾つか頂戴した。

その約1年1ヶ月後に父方の祖母を、3年後に母方の祖母を失い、
私は4年間の間に相次いで祖父母を亡くすという貴重な経験をした。
(ちなみに、父方の祖母は函館に住んでおり、父方のお墓は今でも函館にある)

少し話がそれたが、母方の祖父母のお墓は、札幌の平岸にある。
今年はまだ1度もお墓参りをしていないので、出来れば秋分の日までに
お参りをしてこようと思っている。
本来は本日行く予定だったが、雨の予報が出ているので、思案中である。

ライブドアブログの皆様、初めまして。
ヤプログより引っ越してまいりました。
ヤプログの運営サービス停止により、
どこが良いのか探し続けた結果、
こちらに辿り着きました。

では、改めまして、よろしくお願い致します。


ヤプログの運営事情により、
来年1月までにどこかのブログに引越しせざるを得なくなりました。
現在、検討段階に入っております。
無料ブログで、最低でも3GB以上利用できるブログを
探しています。

過去のブログも読めるように
配慮したいと思います。

なお、整理するのは9月1日に行われる
国家資格の受験が終わってからの予定です。

今から13年前の2006年(平成18年)6月30日、
私の父は、突如他界した。

過去のブログにも経過を記しているが、
もう少し詳しく触れる。

6月1日に胃がんが発覚し、
まずは6月5日に内科に入院。
6月9日に退院し、自宅に戻る。

6月12日に、今度は外科に入院し、
6月17日に自宅に戻る。
その間に胃の摘出手術の
打ち合わせを病院側と行ったらしい。

その後3日間は家にいて、
父は神戸に出張。
(これが父にとって最後の出超となる)

最後に6月26日に3週間の予定で入院。
6月29日に胃の摘出手術を行い、手術は成功。
しかし、突然体調を悪くし、次の日には帰らぬ人に。
(医者である父方の叔父と母方の伯父によると、
夜中に心筋梗塞を併発したらしく、それが命を落とす
きっかけとなった。)
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このブログをお読みの方はお気づきになったと思われるが、
記事のカテゴリを「資格」から「資格カテゴリ」に変更した。

また映画やテレビに関わることについては、
本来であれば、「人文科学」となるのであろうが、
「芸術作品」として捉えられることもないわけではないので、
「芸術」カテゴリに移行した。

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