From Sapporo -道産子のブログ-

カテゴリ: 運輸業及び旅行業

前回に続いて、今回は
ブラタモリ  令和2年2月1日編及び2月8日編
の感想。

と言っても、その感想は、わずか2点だけである。
1.川の名前が過去には全く異なっていたことに、
驚きを隠せなかった。
2.列車で見るならまだしも、観光には向かなさそう、と感じた。

以上である。

JR西日本が手掛けた列車に鉄道マニアの注目が集まっているらしい。
許可を得て、動画として提供している方もいらっしゃる。
勿論、私自身も機会があれば乗車してみたい。
(内装は豪華に見える)

かと思えば、JR東日本の食堂車連結車両に
思いを馳せる方もいらっしゃる。
(私はややこちらに傾いている・・・笑)
だが、私は新列車よりも、別のことが気になっている。

それは、札沼線(北海道医療大学~新十津川間)が
5月6日に廃止されるのに伴い、臨時列車がどうなるのか、
ということである。

つまり、臨時列車の時刻が明らかになっていないのだ。
ちなみに、昨年の夕張支線廃止の時には、
ダイヤ改正以降廃止日の3月31日まで
臨時列車を運転し続けた。

なお、昨年と似たような案内が、
JR北海道のホームページに掲載されているので、
ご覧になっていただきたい。

昨日、先に画像をアップしておいたので、
お分かりのことと思うが、北海道では
冬至にかぼちゃのお汁粉を食すことが多い。

ただ、家庭によって、料理方法は様々。
我が家の場合は、
お餅の代わりにカボチャを入れて
小豆を入れてお汁粉にする。
お餅を入れる場合は、切り餅を追加する、

なお、私が育った時代、北海道では、関西や関東のように
ぜんざいとお汁粉という区別が全くと言っていいほどなく、
小豆と餡を使用した汁物は
全てお汁粉と称していた
ので、その点は考慮していただきたい。


令和元年12月13日にJR各社から
2020年3月に行われるダイヤ改正情報が発表された。

今回の改正では、新駅開業または、
停車駅の増加以外はあまり目立った改正は
無いように見える。

ただ、JR東日本は、半ば斬新だという印象を受けた。
乗り鉄にとっては嬉しいことだが、
どれだけの人が新しい列車を利用することとなるのだろうか。
楽しみでもあり、怖くもある。

この大胆なダイヤ改正のため、
JR東日本のダイヤ改正事項を盛り込んだPDFファイルは、
他のJR会社とは、少し異なった様相を呈している。
ダイヤ改正の詳細は、JR東日本のホームページを
参考にしていただきたい。


先日合格した国内旅行業務取扱管理者試験
合格証書が10月25日の午前中に書留で届けられた。

3回目の受験となったことで、合格するための計画を練りに練った上で、
初心に戻って勉強に取り組むことにしたのだ。
どういうことかというと、合格する前から、総合旅行業務取扱管理者試験
勉強も国内旅行業務取扱管理者試験と重複している部分のみ、
過去問を中心に、敢えて先取りして勉強したのである。

私は、このように上位級の過去問も徹底して勉強していくと、
1回以上落ちた試験に合格することが多い。
(過去の合格事例では3回目が多数)
そして、合格する時に限って、
少なくとも6割5分から7割くらいが過去問から出題されている。

なお、今回の試験受験に当たっては、
やむを得ず通信講座も利用し、
自宅受験ではあるものの、公開模試も利用した。
公開模試は、私にとっては欠かせないもので、
試験対策として最適である。

続きを読む

こちらのブログに移転してからは、初のカテゴリ登場。
国内旅行業務取扱管理者試験(令和元年9月1日受験)
に合格した。(午前5時台には、既に発表)

平成29年に初受験してから合格するまでに、3年かかった。
過去を振り返ってみると、
平成29年9月 全く歯が立たず
平成30年9月 前半2科目は合格圏内。
         最後の科目でマークを変え、後1問で落とす
令和  1年9月 3年目の正直で合格

時間はかかったが、これで総合旅行業務取扱管理者試験
において、2科目を免除して受けられる。
合格見込みが判明した時点で、総合旅行の勉強に
本格的に手を付けているが、資料の読込で苦戦している。

実はこの流れ、年度は違うが、民間試験で、かつ改正前の
経営学検定(中級試験)と、似たような経緯を辿っている。
この時も、三度目の正直で合格した。

長くなったので、詳細は合格証書が到着次第、記す。
   

今回もロケ地が地元ではなかったが、
鶴瓶の家族に乾杯 10月21日編
を見て、反省せざるを得なかった。

私は、過去のブログでも何度か記したことがあるが、
すぐに諦めてしまい、結果として、中途半端に終わり、
かつ、粘り切れないことが多い。

つまり、今回登場した方々とは逆に、出来なさそうなことは出来ないと決めつけて、
やろうともしないことが多々あったのだ。
また、納得のいかないことに対しては、
「それをしよう」という決断までに、相当時間がかかってしまう、という
欠点を持っている。

これが今回の放送を見た感想であり、反省点でもある。





北海道内では10月7日の放送が無かったので、
わざわざ深夜まで起きて、
鶴瓶の家族に乾杯 10月10日 深夜編
の放送を視聴した。
そのため、本日は、あまり寝ていない。

地元の放送ではなかったが、
この放送を見て、私にとっては、反省すべき点が多いように思えた。

まず、私は中学校くらいの頃から父親と対立するようになり、
父の死の直前まで、わだかまりを持ったまま父に接していた。
そのこともあり、父親と一緒に行動することを避けるようになっていた。

また、ラストを見て、やる気はあっても、それを成し遂げたいという根性が、
果たしてあったのだろうか、という疑問も抱いた。
どういうことかというと、最初の大学院を満期退学になった時、
ただ、「修士号だったら必ず取得することができる」という甘い考えがあったことは、
否めない、と思ったからである。
そのため、結果的に大学院の修士号を取得するまで、約10年近くを過ごすこととなった。
そして、この甘い考えが、転職活動にも響いていないのか、とも考えて放送を見終えた。

著作権の関係で放送内容は省略したが、これが、今回の放送の感想である。

鶴瓶の家族に乾杯
2019年 9月2日編 の感想。

私は札幌生まれの札幌育ちの男性であるが。
札幌市に隣接する市のうち、
主に足を踏み入れるのは、江別市か小樽市である。

つまり、過去に女性ゲストが訪問した某市と同様に
今回のロケ地に降り立つことが稀なのだ。
(但し、今回のロケ地は通っただけなら何度もある)

今回は、出会った家族が多弁で、言い間違いを連発したり、
当番組の主人公が珍しく怒りをぶちまけたり、
旅のゲストが落胆する場面があったりと
展開が読めなかった。

遅くても1年以内に、ロケ地を訪問する予定である。

地元が放送されたので、7月20日編に続いて
ブラタモリ 2019年7月27日放送分
感想を述べたい。

母の話によると、私が網走の大学を卒業して、
実家に戻る時に、父が運転する自家用車で
「展望台に寄った」とのことだったが、
私は、残念ながらあまり覚えていない。
(22年前の3月のことである)

ただ、今回の放送とは逆に、
あまり奇麗な景色で無かったことだけは、
なんとなく記憶にある。

また、今回の放送地域では、JRではなく、
最低でも観光バスでないと、
巡ることができない地域である。
変幻自在の雰囲気を醸し出す風景が
あまりにも印象的だったので、
いつか観光バスで、一部だけでもいいので、
今回の放送と同じ場所を巡ってみたいと思う。

本日は、ブラタモリ  令和元年 7月20日放送分の感想。
地元が舞台ということもあり、映像を見てみたが、
あまりにも内容が難しかった。

ただ、北海道内では、この番組の再放送がされないことが多いので、
もし万が一アンコール放送があった場合には、
再度視聴してみたいと思う。

前回に続いて、鶴瓶の家族に乾杯 6月17日編の感想。

なぜ、ロケ地が地元北海道でないのにも関わらず、
この日の感想を書いているかというろ、
もし、私がこの番組に参加していたら、
9割の確率で、ゲストと同じ行動をとったのではないか?
と思われるからだ(苦笑)。

ただ、ゲストのような行動に走ってしまうと、
結局は、そのツケが回ってくるということも
思い知らされた。

ちなみに、今回のロケ地は、
私にとっては、全く知らない土地で、
地名すらも聞いたことが無い場所であった。

6月10日と6月17日に放送された、
鶴瓶の家族に乾杯
あまりにも面白かったので、本日から2回に渡って
感想を記す。

今回は6月10日編。
このブログをお読みの方は、お分かりのことと思うが、
舞台は何と私の父方の叔母が住んでいる場所。

著作権の関係で詳細は触れられないが、
改めて家族の絆を思い知らされた。
内容は、家族に乾杯について書かれているサイトがあるので、
そちらを確認していただきたい。

ちなみに私にとっては、何度も足を運んでいる場所なのに、
最後にゲストの方が訪問した場所は、
全くと言っていいほど知らないところであった。


平成28年12月4日の留萌本線(留萌ー増毛)に続き、
石勝線夕張支線(新夕張―夕張)
乗車してきた。
平成31年3月31日をもって廃止された列車である。

今回の旅の目的は、以下の通り。
1.廃止路線に乗り込む(
(新夕張―夕張間の車内放送も逃さず聞く)
2.夕張駅で売られている駅弁を購入する
3.更に、夕張支線のグッズを購入する
そのため、今回は、廃止列車乗車時には必ず見たがる
お別れセレモニー
捨てるという、手段に出た。

全ての目的は成功したかに見えたが、
乗り鉄であれば、誰もが狙う
夕張支線全駅の記念入場券だけは完売しており、
駅名標が記された記念グッズを購入した。

ちなみに、駅弁は1000円で販売し、
サービスでお茶もついてきた。
ただ、駅弁の中身については、
サンプルの写真がテーブルに貼り付けてあったにも関わらず、
最終日は、変更せざるを得なかったらしい。
(弁当を販売していた「夕張駅立売商会」の方の話による)
廃止日に合わせて、夕張駅を訪問する旅行客が増加し、
この日は、やや脂物が多くなっていた。

いつか廃止された夕張駅を、再度訪問してみたいと思う。
というのは、夕張支線の廃止当日は、あまりにも混雑していたため、
近くのホテルマウントレースイでしか休むことができず、
夕張名物のカレー蕎麦
食すことが出来なかったからである。

今から23年前の、1996年(平成8年)2月10日、
豊浜トンネル岩盤崩落事故
が起き、20人が犠牲になった。

前年の阪神大震災に続いて
起こったこの悲劇であったが、
最初にこの報道を聞いた時は、、「トンネルの岩盤が崩落する」
ということ自体が理解できなかった。

その後、平成24年12月2日に、
笹子トンネル天井板落下事故が発生。
天井板と岩盤の違いはあるとはいえ、
豊浜トンネル岩盤崩落事故
教訓を活かすことが出来なかったのかな?とも思った。

改めて犠牲になられた方々の冥福をお祈りします。

2019年1月17日、平成30年12月18日に受験した
国内旅行地理検定3級試験(インターネット試験:有料)
の合格通知が届いた。
この試験は制限時間で2倍の問題を解かなければならない。
すなわち1問にかけられる時間はなんと0.5秒。

よって、平成30年の資格試験の成績は7勝4敗となった。

なお、今年受験予定の資格試験については
事情により非公開とさせていただく予定。

本日のブログはタイトルの通り。
今回の訪問地は、地元の方には申し訳ないが、
少子化の影響が如実に表れていた。

また、テレビからは、
ゲストの悪戦苦闘ぶりも伝わってきた。
ちなみに、この日のゲスト、
私より年下ではあるものの、
私にとっては敵わない方である。
(ちなみに、私もゲストと同様の
スポーツ経験がある)

2018年10月24日は
国内旅行業務取扱管理者試験の合格発表日。
結果は・・・・・・・・・。
自己採点通り、不合格であった。また1年間勉強し直しである。

噂によると、2018年度の試験は、易しかったはずなのだが、
結局、合格率は40%を切ったらしい。
私のように料金計算でしてやられた人が多いのかもしれない。
勿論、真相は闇の中である。

なお、受験費用に余裕があれば、
国内旅行地理検定(3級以上)
世界遺産検定(2級まで)などの受験を
一気に行う予定。
今回も不合格となってしまった国内旅行業務取扱管理者試験
の試験と設問が重複するケースが散見されたからである。
但し、重複の度合いは、
国内旅行地理検定(3級以上)世界遺産検定(2級まで)である。
このため、優先順位を付けるのであれば、前者から先に取り組む。
(最低でも国内旅行地理検定試験3級)には挑戦する。

二兎を追うものは一兎をも得ずと言うが、総合旅行業務取扱管理者試験
にも挑戦いきたいと思う。
と言うのは、今回の点数が後一歩で合格だったということ、
上位クラスを勉強することによって、合格に近づき、
最終的には合格を勝ち取るということを
身を以て経験したからである。

乗り鉄の私にとって、鉄道記念日は、
失くしては欲しくない記念日だ。

過去を振り返ってみると、特急列車には食堂車が連結されていた。
ただ、食堂車の利用者数が減少すると、
今度は車内販売に精を出すようになった。
しかし、今はその車内販売も減少傾向にある。
となると、次に縮小していくのは、駅弁になるのだろうか?

昨日、受験した国内旅行業務取扱者試験。
最初は合格発表日まで自己採点をしないつもりだったが、
考え方を改めて、採点に踏み切った。
(来年の受験に向けて早い準備が必要なため)

私がやや苦手とする旅行業法や旅行業約款の点数は
なんどか合格点にまで導いたものの、
料金計算のところで思ったより間違えた問題が多く、
料金計算で1問または観光地理で2問解答が合っていれば、
合格出来るに至っただけに残念でならない。

国内旅行業務取扱管理者試験では、
私の記憶を辿っていく限り
没問を発表したことはない。
複数回答も1回しか発表したことがないため、
点数は、ほぼ確定したものと思われる。

よって、来年度3度目の受験をすることになりそうだ。
自己採点で結果が分かってしまったので、
今から来年に向けて準備をする予定。

ただ、2017年の試験では、全科目において、
ほぼ全滅の状態だったので、
今回は、少しはましになった。
そして、私にとって、一番苦手な分野が
実務における料金計算の分野だということが
もろに判明してしまった。

まさか今年もあと一歩で不合格になる試験があるとは………。

本来は、8月6日からの公布だったようだが、少し早めに
全経簿記2級 工業簿記の合格証をいただいてきた。

さて、次の資格は
国内旅行地理検定試験3級試験
この試験の関連資格と併せて、勉強中。
その関連資格の一つに、国内旅行地理検定試験がある。

この試験は、海外旅行地理検定試験3級試験でも言えることだが、
2級試験から4級試験までは、会場受験と自宅受験の
どちらで受験しても良いことになっている。
HPを見る限り、自宅受験の方がかなり有利なのだが、
唯一の難点が、会場受験より合格基準点が5点ほど高いこと。
私は、2017年12月に実施された国内旅行地理検定試験3級試験では、
自宅受験をしたにも関わらず、
1点差で不合格になったという経験を持つ。

また、ネット上では「自宅受験だと「調べながら解答することもできるのでは?」
という批判も出ているが、
実際に試験を行った身からすれば、
そんな時間はほとんど無かったように思う。
一方、会場受験は、不利な点が多いように見受けられる。
自宅受験とは逆に、会場受験は縛りが多い。
ただ、合格基準点が自宅受験より下がる点は、魅力的でもある。
ちなみに、私は昨年同様自宅受験でリベンジの予定。

このブログに何回か登場している世界遺産検定
詳細は、著作権の関係もあるので、
この検定のホームページを見たいただきたい。
この検定試験は、時間と受験費用に余裕があれば、
3クラスの受験が可能である。
また、試験回によって、試験会場が毎回変更されるのも、
この試験の特徴である。(私にとっては、このような経験が少ない。)

そして、受験料。
例えば、9月実施の試験でもし3クラスを一気に併願した場合、
下位級の併願+上位級の受験申込をするよりも
最下位級+上位級の併願をの受験申込をした方が、
何故か受験料が300円ほど安くなっている。

ちなみに、この検定試験では、2クラスの併願受験は
見受けられるようだが、3クラスの併願受験は
かなり少ないようだ。
現在の私のように、あまり給与を得ていない身としては
有り難い話であるが、このことに気づいている受験生は
どのくらいいらしゃるのだろうか。
もっとも私の場合は、併願をせずに、
1クラスずつ受験する確率が高いのだが………。

本日のブログは、5月17日の記事の更なる改訂版。
北海道フードマイスター検定試験については、
秋試験だけでなく、2月に行われる試験も
受験を見送ることが濃厚となった。
また、北国のガーデニング知識検定も
受験を見送る確率が高い。

前置きが長くなったが、7月14日の結果を受けて、
7月18日以降の受験予定は以下の通り。
簿記関連資格
全経簿記2級(商業簿記)
リテールマーケティング(販売士2級)
農業簿記検定
日本ビジネス技能検定協会主催 簿記能力検定試験
原価計算初級試験
銀行業務検定試験(受験科目は未定)
CBT試験より
金融業務4級 実務コース
金融業務3級 ベーシックコース
金融業務3級 個人型DC(iDeCo)コース

経済・経営関連資格
国内旅行業務取扱管理者試験
これに付随する形で
世界遺産検定試験
国内旅行地理検定試験(3級以上)
稚内観光マイスター検定
旭川大雪観光文化検定試験
函館歴史文化観光検定試験
あばしり検定
ほっかいどう学検定(3~5級)

情報処理関連資格
情報セキュリティ初級試験
情報セキュリティ管理士試験
コンピュータ技能評価試験(情報セキュリティ部門)
個人情報保護実務検定試験
情報活用能力検定試験
情報セキュリティマネジメント試験の午後対策として、
語彙読解力検定試験
ニュース時事能力検定試験
実用数学技能検定試験
情報活用能力検定試験(CBT)
を検討中。

受験費用に余裕があれば、漢検CBT(準2級+2級)を追加する。
なお、これらの試験のうち、日程が重複しているものもあるため、
5月17日の記事にも記したように、優先順位を決めて
取り組みたいと考えている。

6月5日に2018年度の国内旅行業務取扱管理者試験
日程が主催する全国旅行業協会より発表され、
札幌の支部には翌日に願書が届いたので、
6月6日に早速取りに行ってきた。

出来るだけ早いうちに申込を済ませる予定だが、
7月8日に別の試験を控えているので、
勉強はそれ以降になる見込み。

この試験も国家資格と名乗っているだけあって、
一筋縄でいかないことを既に経験済みである。
しかも、私にとっては今年唯一の国家資格受験となる確率が高い。
かく言う私は、2017年に初受験。
全体的に勉強が不足していたことを思い知らされた。
7月8日に簿記能力検定試験(2級商業簿記及び2級工業簿記)
控えているので、2018年6月9日現在では、国家資格の勉強を休んでいるが、
7月8日の試験が終わり次第、勉強を再開する予定。
昨年は、マークシートの試験にも関わらず、
全体的に出来が悪かったので、
少しでも点数を上げていけるように努力していきたい。

よって、原価計算初級試験については、しばらく受験を見送る予定。

今回の記事は、タイトルの通り。

私にとって、かつての日高支庁(現:現:振興局)が
管轄する一帯は馬産地のイメージしかなかった。
というのは、私が網走にある東京農大に在籍して、
農業生産法人について調べていた頃、
その業種が軽種馬一択で
固められていたからである。

また、今回の訪問場所は、地名は聞き覚えがあっても、
隣の静内町の方が有名なので、
道民の中にも知らない人がいるのではないか、と思えた。
(旅行が好きな私は、JR北海道の日高本線の駅名で
かつて一部の急行列車が停車していたことから知っていた。)

ちなみに、今回の放送は飲食店を含めて
まるでガイドブックに掲載されていない旅を目指す
別の番組みたいだった。

このブログでは、たまに取り上げる
出発ローカル線 聞き込み発見旅の感想。

この番組では、鬼怒川温泉や日光など、
栃木県北部を取り上げるとことはあっても
栃木県南部を取り上げることが少ないように感じていたので、
どんな旅になるのか少し楽しみでもあった。

まず、今回の女性ゲストが私にとっては、
聞いたことがない名前だった。
一方、男性ゲストは、どこかで聞き覚えがある声だな
ということだけは分かった。

今回の番組を見て思ったのは、
他のゲストと比較すると、
一部を抜かして旅が思いのほかスムーズに進んでおり、
こういうことは滅多にないことなのかな?とも思った。
ついでに、私自身は、最後の訪問先が
気になって、ついついネット上でも調べてしまった。
まさか、こんな有名な方がいらしたとは………。

そして、今はこのように旅ができているが、
いずれは、この鉄道も
廃止対象路線となってしまうような気がした。

なお、詳細はHPを参考にしていただきたい。
というのは、著作賢者の許可を得ていないため、
ブログ等で触れることができないからだ。

1日遅れてしまったが、4月10日は
瀬戸大橋開通から30周年に当たる日であった。

30年前の4月10日は、確か日曜日だった。

この点については、ニュースなどでも取り上げられていたので、
詳細は省略するが、ニュースを見ながらふと思ったのは、
列車の中から写真を撮影するのは、意外と
難しいのではないか?
近くの砂浜あたりで撮影した方が、
意外と奇麗に撮影できるのではないか?
とも思った。

ちなみに、私自身は、現住所から一番遠くでも
三宮までしか足を踏み入れたことがない。
いつの日か、JRで瀬戸大橋を通ってみたいとも思った。

ただ、いつの日になることやら………。

旅行が好きな方や、鉄道会社に勤務している方は
ご存じのことと思うが、2018年3月17日は
ダイヤ改正が行われる日である。

2~3日前にJRの列車名に関する話題が、
Yahoo!Japan
ニュースでトピックとして取り上げられていた。

著作権の関連で、どのような記事だったかは
省くこととするが、タイトルと関連のある記事だったということだけ
記しておく。

この記事を見て、JR北海道の列車名は
単純明快かで、分かりやすい
と思ったのは私だけだろうか。

もっとも、かつては何を指しているのか分かりにくい列車名も
ないわけではなかったが、
一部の快速列車については、
最後まで分からなかったものもある、
その列車名はアイリス号
旅行好きの私は、色々と調べてみたが、
日本語でもアイヌ語でも無いような感覚があったため、
調べるの難儀した覚えがある。

一方、函館本線経由で札幌と函館の間を
臨時列車として運行した、
ヌプリ号ワッカ号は、
アイリス号の反省からか、
わざわざパンフレットに意味まで記す徹底ぶりであった。

普段は列車名について、考えることなんてほぼ無かったが、
Yahoo!Japanの記事によって、
列車名を考えるきっかけとなったことに感謝したい、と思う。

3月13日は、1988(昭和63)年に
青函トンネルが開通した日
あると同時に、青函連絡船の最終運航日でもある。

今考えると、、青函連絡船
は粋なことをやったように思う。
本来なら、3月12日を最終運航日としてもいいはずなのに、
敢えて1日延長したからである。

そのため、当時の3月13日には、こんな乗客が相次いだらしい。
「函館または青森からの始発列車に乗車して、
帰りは青函連絡船に乗船する。」

また、あくまでも聞いた話であるが、
当時のテレビ局は、どこの局が
一番列車をいち早く映せるか、
ということを競っていたらしい。

私は、当時中学校卒業を控えていて、
また高校入学の準備もあったため、
開通日には間に合わなかったが、2~3週間後には、
今は亡き父とともに青函トンネルを見ることができた。

ただ、この当時は、
まさか片道10回以上に渡って、
青函トンネル
を利用することになるとは思わなかった。

今月は資格試験を入れていないので、
私の好きな旅行関連の記事を中心に進めていく。

3月7日は、どうやら青函連絡船
運航を開始した日(就航記念日)らしい。(明治41年)
ただ、当時の所要時間は、昔の時刻表によると、
6時間だったらしい。

同じ年に、所要時間が2時間短縮され、
最終的には、ほぼ3時間50分で統一されていた。

青函連絡船
色々な思い出があるはずなのだが、
私が中学校を卒業したのがちょうど30年前ということもあり、
当時のことはほとんど覚えていない。

ただ、かつての函館桟橋の付近に、メモリアルシップ摩周丸
が鎮座していることから、それを見ると、
当時のことが走馬灯のように蘇ってくる、ということはある。

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