From Sapporo -道産子のブログ-

カテゴリ: 自然科学及び情報科学

日本は地震の多い国だが、海外に目を向けてみると、
ヨーロッパでは、大規模地震は少ないように感じる。
一方、アメリカを見てみると、ロサンゼルスなど、
西海岸で発生していることが多いように思う。

さて、前置きはこのくらいにして、本日は2011年に、
ニュージーランドカンタベリー地震が起きた日である。
クライストチャーチを中心に起きた地震で、
日本人留学生が犠牲になったことから、
私の記憶からは今も消えない。

まさかこの地震の24日後に
あのようなことが起きるとは、
当時は想像すらしていなかった。

改めまして、犠牲になられた方々のご冥福をお祈り致します。

コンピューターをWindows7からWindows10にしたので、ブログ復活です。
次は、アプリケーションのバージョンアップを考えております。

本日、業者の方とお話することがありましたが、
パソコン業者でバージョンアップを担当する方も強制的に、
そのための認定試験が課せられるそうです。
しかもその試験は、マークシートでたった10問しかないのにも関わらず、
その試験に合格しないと、認定取り消しになるそうです。

我が家でパソコンのバージョンアップを担当した方も
一度認定を取り消されそうになった、と話しておられました。
私も情報処理の試験では、ややあせる傾向があるので、
国家資格に限らず、焦らずにやろうと思いました。
「人の振り見て我が振り直せ」とは、よく言うものだ、
と思ったのも事実です。

阪神淡路大震災から25年が経過した。
月日が経過するのは早いと思う。

当時、私は網走の大学に通っており、
敢えてテレビを置いていなかったので、
ラジオか新聞でしか情報を知ることができなった。

翌日の新聞に掲載された映像と
札幌の自宅に帰宅した際に、テレビを見てみた時の映像が、
ほぼ同じだったことに動揺を隠せなかったことを思い出す。

また、私の母の話によると、
「人が逃げる方向と、犬などの動物が逃げる方向が逆だった」とか。
これの意味することは何なのかと考えさせられることもあるが、
私にとっての答えは見つかっていない。
改めて、犠牲になられた方々のご冥福をお祈り致します。

札幌はこの時期、例年であれば相当の雪が積もっている。
ところが、2019年はクリスマスを過ぎても、
一部の区を抜かして、ほとんど雪がないし、積もらない。
そのためか、ホワイトクリスマスにはならなかった。

ちなみに、私が札幌で雪のないクリスマスを経験したのは
多分、人生初である。
ついでに、私がホワイトクリスマスでないクリスマスを過ごしたのは、
東京狛江市に住んでいた20年前まで遡る。

12月5日に放送された秘密のケンミンshowを見ての感想。
北海道弁は、アクセントの違いはあるものの、
そんなに難解ではないと・・・・・・・・・。

しかし、内地の方が初めて北海道にやってくると、
信じ難いような天気予報が行われる。
注意報と警報が旧支庁名(現:振興局又は総合振興局)
に沿って発表されるのだ。
(かつては全て旧支庁に沿って行われていた)

しかも、旧支庁によって、南北に分かれたり、
東西に分かれたりする。更にややこしいのは、
一部の旧支庁では、○○中部という言い方もする。
現に、私が住んでいる札幌市は、
石狩中部
に属している。






令和元年の10月以降に行われた資格試験は
国家資格、公的資格、民間資格を含めて
難関な試験が多かったらしい。

その証拠に、情報セキュリティマネジメント試験に至っては、ホームページを
見ていただくとお分かりのように、午後試験において
「まさかそんなことは起きないだろう」、という事態が起きている。
(過去の情報処理技術者試験では、ペーパー試験時代のITパスポート試験と
基本情報技術者試験で1度ずつあったきりである)

なお、私は受験料の兼ね合いから、しばらくの間、
情報セキュリティマネジメント試験
は見送る予定。
受験料との兼ね合いもあるが、
コンピュータサービス技能評価試験(情報セキュリティ部門)
情報セキュリティ初級認定試験
情報セキュリティ管理士試験
を前哨戦の試験として受験してから臨もうと考えているからだ。






台風19号の被害に遭われた皆様、お見舞い申し上げます。
昨年の北海道胆振東部地震の時に、(別のブログでしたが)、
何名かの方からお見舞いをいただきましたので、
せめてものお返しをさえていただきたく、ブログに記しました。

早く復興されることを心からお祈り致します。


令和元年9月6日に公開したブログの続きを記す。
札幌市清田区の今の現状である。

あまり放映されていないが、実は
美しが丘地区のおいても、地震によって液状化現象が起きた。

私は、仕事の都合上、毎月1回里塚を訪問していて、
その里塚の隣が美しが丘なので、
美しが丘1丁目付近の現状をバスの中から眺めることができる。

TVで放映されている里塚と比較すると、
一見、復興が進んでいるように見えるが、
あくまでもこれは見えるだけである。
つまり、美しが丘にも未だに傾いた家があり、
ロープは貼られているものの、
解体作業すら行われていないのである。


北海道胆振東部地震から1年が過ぎた。
朝の3時台に突然の地震で目が覚め、
その後、母がテレビを付けたのだが、
そのテレビがいきなり切れた。

札幌市中央区の私が住んでいる辺りは、
停電が次の朝の8時40分頃まで続いた。

私は、食料品の調達に出ており、
結局10時30くらいまで帰らなかった。

今、携帯電話が主流となっているが、
いざという時には、通じないことだってある。
このパソコンも含めて、文明の力に頼り過ぎると、
痛い目に遭う。
そのことを肝に銘じて過ごしていきたい。

時間の経過は早いもので、
北海道南西沖地震から
26年の歳月が流れた。

当時、私は網走にある大学の1年生で(2年ほど浪人)
親元を離れて生活していたため、
テレビは敢えて置いていなかった。

そのため、ラジオで惨劇を聞き、
新聞で更なる惨劇を見ることとなった。
何年か後にこの南西沖地震がドラマ化され、
そのドラマを見た時は、何とも言えない気持ちになった。

この地震については、つい最近まで、
全国ニュースで取り上げられることは少なかったが、
一昨年くらいから、毎年のように取り上げられるようになった。

改めて、北海道南西沖地震で犠牲になられた方々の
ご冥福をお祈りいたします。

甚大な被害をもたらした西日本豪雨から
1年が経過した。避難生活を余儀なくされている方々や
自宅には戻れたものの、家族が犠牲になられた方々、
あるいは、家族は犠牲になられなかったものの、
家屋が甚大な被害に見舞われた方々のことを思うと、
なんて言葉をかけたらいいのやら、と正直に思う。

新札幌にある青少年科学館
惑星探査機「はやぶさ2」の展示を
令和元年5月6日まで行っているとのことだったので、
仕事の合間を見ながら、1日前の5月5日に足を運んだ。

青少年科学館には、久々に足を運んだが、
はやぶさ2については、内容はニュース等で語られたものしか
展示していなかった。
一方、前探査機の「はやぶさ」についても、
太陽系について展示してある別の場所で、
説明があった。

そして、プラネタリウムで見た「はやうさ2」の映像は
迫力満点であり、この映像が一番分かりやすかった。

この青少年科学館では、このように地学が関わっていたり、
物理、化学の展示が多数を占めているのだが、
なんと生物の展示もあった。
しかし、その内容は、減数分裂など
生命に関わることとは言え、複雑怪奇であった。

一連の熊本地震から
3年が経過した。熊本産の食品などを購入して
少しでも、熊本の復興に役立てたい、とも思うのだが、
札幌では、あまり熊本産のものが販売されていない。

物産展や、特別販売で見かけるのは、食品では、
いきなり団子のみ。
たまに、馬刺しが販売されることもあるが、
高すぎて手が出ない。
ほかには、くまもんグッズ
子供さんなら喜ぶのだろうが、
私自身は、彼女すらいないので、結婚もしていないし、
当然のことながら子供もいない。

そのため、熊本産の物産品を購入できない状態にある。
どこかで絵葉書でも販売されていれば、
速攻で購入しに出かけるのだが………。

時の経過は早いもので、東日本大震災から
8年目を迎えた。福島の原発事故も同日に発生した。
かつてないほどの犠牲者を刺したこの震災については、
テレビなどで現状を見るたびに、声を失ってしまう、

改めて、犠牲になられた方々のご冥福をお祈り致します。

私は、現在、生活できるだけの給与に至っていないため、
転職を希望している。私が希望するのは、講師職であるが、
この職種では、決まって「主要5教科の総合問題」という形式で
試験が行われる。しかも、書類選考や面接の前に、である。

会社や塾によって試験の形式は違うが、
これが意外と難しい。特に理科と数学を組み合わせたかのような問題が厄介である。
まだ国語と社会を組み合わせた問題の方が易しく見えるのは、
文系の大学院(修士課程)を終了したからだろうか?

私が毎年のように欠かさず行っていること。
阪神大震災の当日に行う黙祷である。
今年もこの日がやってきた。
当時、私は網走に住んでおり、敢えてテレビは置いていなかった。
よって、当時の状況は新聞の映像で知るのみだった。
網走では朝刊の配達しかなかったため、
実際に被害の状況を知ったのは、翌日である。
改めて被害に遭われた方々の
ご冥福をお祈りいたします。

私が取得しようと思っている、
情報セキュリティマネジメント試験
受験しても午後の点数が伸びないので、2018年度は受験自体を見おく多。
2019年度の受験も未定。
まずは、前哨戦となる試験である
情報セキュリティ初級試験や、
コンピュータサービス技能評価試験(情報セキュリティマネジメント部門)
をクリアしてから、とも考えている。
そうしないと、何度受験しても不合格にしか至らないからだ。

9月26日は、台風によって洞爺丸沈没事故が起きた日である。
当時、国鉄に勤務していた母方の祖父(平成7年に死去)が、
この事故によって、謝罪に飛び回っていたらしい。
(この頃、青函連絡船は、国鉄が運営していた)

母の話によると、この事故で
七重浜の周囲にいたジャコが
普通のジャコより一回り以上
大きくなってしまったらしい。
(ネット上ではふさわしくないことなので、
理由は想像に任せたい。)

2018年9月6日、午前3時08分北海道胆振東部地震発生。
最初テレビが付いていたが、5分後に大規模停電。

停電の影響で、信号が止まり、全ての交通機関が運休。
我が家はマンションなので、各部屋の居住者が、
管理人室から水をもらう。
エレベーターが使えないため、階段で運ぶ。
夜は懐中電灯で暮らし、夕食後に早く就寝。

9月7日。朝早いうちはまだ電気が付かず。
ラジオにて食料品の不足が見込まれるとの
情報を得たため、買い物に行く。
朝の食事の前に行ってみたが、
商品の調達が出来なかったため、
朝食後に再度調達に。
コンビニエンスストアは既に品薄。
また、近くのスーパーも並んでおり、
いつもは母が買物をスーパーへ。
(私は店内が狭いため、滅多に利用しない)
約1時間30分待ってようやく調達。

私がいる札幌市中央区は、
8時40分頃に電気が回復。
ただ、札幌市では清田区が液状化した。
(家の一部が斜めに傾いている)
また、震度5弱の地震があった北区では、
未だに信号が停止しているらしい。

最後に、今回改めて被害に遭われた
皆様には、お見舞い申し上げます。
そして、残念ながら、ご家族を亡くされた皆様、
言葉がございません。

8月9日に放送された、
新・鉄道 絶景の旅

いわゆる古都を取り上げていたので、
久々に番組を視聴してみた。

気になったのは、番組後半に登場した
とんでもない食品。
逸話では聞いたことがあるとは言え、
実際にそんな商品があることを
私自身も知らなかった。
調べたところ、この逸話は
古都以外にも各地に伝承しているらしい。
ただ、実際にその逸話を元にした商品を
販売してしまう辺りは流石関西だな、とも思った。

平成5年7月12日、午後10時17分、
北海道南西沖地震発生。
本日、この震災から25年目を迎えた。

私は、震災というと、まずこの地震のことが頭によぎってしまう。
もちろん、阪神大震災や東日本大震災も決して忘れているわけではない。
だが、奥尻島の青苗地区が壊滅状態となった写真を新聞等で見ると、
今でもショックを隠せない。

当時網走の大学に通っていた私は、
敢えてテレビを置かない生活を送っており、
ラジオや新聞でしかこの当時の状況を知ることができなかった。
その後、札幌に帰省した際に、ドラマを見て
更なるショックが襲いかかった。

今にして思えば、大変危険と思われる行為を
家族を死なせてはならないとばかりに、
やってのけた男性の人がいらしたからだ。

マスコミなどの報道を見ていると、
太平洋側で大震災が起きる確率が高いことが
報道されているが、日本海側はどうなのかな?
と思うこともしばしばある。

最後に、北海道南西沖地震を含め、
各震災で犠牲になられた方々のご冥福をお祈りします。

各地で豪雨の被害に見舞われた皆様、
お見舞い申し上げます。

私は、自然災害で、人を失った経験がないため、
ご家族の方の心中までは、察することができないと思います。

しかしながら、いても立ってもいられず、
ブログにて公表させていただきました。

私が住んでいる札幌市内でも、
今年は桜の開花が例年より早かったためか、
既に、桜は散り始めていた、。

例年なら、ゴールデンウィークの頃に
満開になるので、桜前線のスピードが
異常に早かったと言っても過言ではないだろう。

ちなみに、私は
北海道では梅と桜が同時に咲く
と教えられた世代。
さて、翌年はどうなることやら………。

熊本地震から2年が経過した。
ただ、今でも信じられないのは、
4月14日に起きた地震が、
いわゆる本震ではなかったということ。
そして、2日後の4月16日に、
再び大地震が発生したことである。

熊本県内には、母方の従兄が住んでいるので、
母が状況を確認したところ、
中央部から離れていたためか、
軽傷で済んだらしい。
だが、実際に50名ほどの犠牲者が出ているので、
その方々のことを思えば何とも言えない気分になる。

改めて、犠牲になられた方々の
ご冥福をお祈り申し上げます。

月日が経つのは早いもので、
東日本大震災
福島原発事故
から7年の月日が経過した。

私は、今も健在の母と原発事故や大震災を巡って、
マスコミの在り方について、議論になる。
私は、マスコミは「中立性を保つこと」だと考えており、
本来であれば、左派にも右派にもなってはいけないはずだ、
という気持ちが根強い。

それに対して、母は「マスコミは正しいことを伝えるもの」という
認識が強いらしい。

どちらが正解なのか、あるいはどちらも正解なのか、
私には分からない。

阪神大震災のt時と同じく、犠牲者に黙とうを捧げたいと思う。

2018年もまた、
阪神淡路大震災
の日がやってきた。

私は、当時、大学生で網走に住んでおり、
オホーツク地域では、夕刊の配達が無かった。
そのため、次の日の朝刊で新聞を見たのだが、
あまりの衝撃に言葉を失った。

なお、地震発生時刻の5時46分、黙祷を捧げました。
ちなみに、黙祷後に合唱されていた曲は、
昨年、奥尻島の方々も歌っていました。
(こちらは今年25年目を迎える)

改めまして、
阪神淡路大震災で被害に遭われた方々には、
お見舞い申し上げます。
そして、亡くなられた方々には、
ご冥福をお祈り申し上げます。

2017年も色々な資格を受験して、一部の試験に合格したが、
私自身の実力不足で、不合格になってしまった試験もあった。
その中でも特に悔やまれるのは、後1~2点、あるいは1~2問
合っていれば、一発で合格した試験が多かったということだ。

全国経理教育協会主催の簿記能力検定3級試験
後2点差で1回
日商簿記初級に関しては
3度目の試験で合格したものの、
最初の試験は1点差で、2度目の試験は2点差で不合格となっていた。

ただ、一番悔やまれるのは、語彙読解力検定2級試験
である。何故なら、「これは中学生でも解けるだろう」というような、簡単な英訳の問題を
こともあろうに間違えてしまったのであろう。いくらマークシートの試験とは言えども、
この失敗は痛かった。

一方で、資格試験に関しては嬉しいこともあった。
2017年12月14日の記事にもある通り、
資格試験(会場受験)においては人生初の
100点満点を取得したからだ。
マークシートであろうが、記述式であろうが
試験問題の作成者は、普通万点は取得できないように構成を練るため、
こんな奇跡が起きるのか?と思った。

これが2017年の資格試験の感想である。

月日が経つのは早いもので、あれから24年も経ったのかとも思う。
そう、北海道南西沖地震である。

改めて、当時の映像を見ると、胸が締め付けられる。
そして、自然の力はおっかない、という印象も持たずにはいられない。

もし、野原や駅まで呑み込んだ東日本大震災級の津波が
再び奥尻島を襲ったら、あの防潮堤が持つのが、少し心配である。

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